ナイキの顧客へのグリップはもっと強かった。フォーブスによると、2014年にナイキはバスケットボール・シューズで95.5%のシェアを誇っていた。ナイキのNBAに対する存在は、その約10兆円のマーケット・パワーが反映している。そうでなければ、ナイキがカリーへピッチした時の資料が、まるで二日酔いした学生が急いでつくったような出来だった事の説明がつかない。

8月のナイキのカリーへのピッチMTGは、ウォリアーズの練習施設の下にあるオークランド・マリオットの2階で行われた。ナイキの有名なブローカーであり、レブロン・ジェームスのアドバイザーでもあるリン・メリットが出席しなかった事は、このMTGがナイキにとってプライオリティーでないと言っているに等しかった。メリットの代わりに、当時のスポーツマーケティング・ディレクターのニコ・ハリソンがMTGを仕切っていた(現在はナイキの北米事業のVP)。

正直、このMTGの前からナイキがカリーとの再契約にさほど興味を示していない事はわかっていた。カリーが、自分のキャンプをやりたいと言った時に、ナイキはスポンサードしなかったのだ。選手たちが自分のキャンプを開く事はナイキの立場からすればあまり興味がない事かもしれないが、選手たちにとってはとても重要なのだ。若い世代にバスケを教えることは、見知らぬ人からサインをねだられるよりも意味がある事なのだ。

カリーにとっても、自分のキャンプを開く事は重要だった。カリーが若かった頃、クリス・ポールのキャンプに参加し、その時の経験が彼にとってかけがえのないものになったからだ。カリーの友人でルームメイトだったクリス・ストラッチェンは言った。「カリーは若かった時、いつもクリス・ポールのキャンプに行っていました。そしてクリス・ポールを尊敬していました。フィルムセッションでポールから多くのスキルを盗んで練習していました。」

ストラチェンは2013年を振り返った。「あの夏、ナイキはカイリー・アービンとアンソニー・デイヴィスに的を絞っていたようです。ナイキはカイリーとADにキャンプを与えましたが、ステフには与えませんでした。」

ステフの父のデルによると、そのピッチMTGは、ナイキがステフの名前を間違って「ステフォン」と言ってしまった事からはじまった。デル・カリーは言った。「驚きませんでした。過去ステフの名前を間違って発音する人はいたからです。だから驚きはしませんでした。でも驚いたのは、わたしがその間違いを訂正する事が出来なかった事です。」